「占い鑑定ルーム」

                  個別鑑定終
のお知らせ



皆様、こんにちは。暑さの厳しい折、いかがお過ごしでいらっしゃいますか。
本日、皆様にご挨拶申し上げます。

今夏、私が占い師になって15年が経ちました。

19歳の頃より、自らを救い、人を救いたいという切実な想いの一心から、この年まで運命学を学び続けて参りました。
22歳の頃に出会った宗教家、霊能者、武道家の師達からは、私は「出家すべき人間として生まれてきた」ということを教えられました。
その後の、私の人生を思い返して見た時に、確かに、そうするべきであったのかも知れないと思うこともございます。

しかし、私は私のやり方で、人を救済したい。そうすることで、自分自身をも納得させられる救済者となることが出来る。
そう思い続けていた折り、道の半ばに出会ったのが、自ら運を開いていくことの出来る「気学」という占術でした。

占いとは、易経に観られますように、運命哲学ともいうべき「学問」です。
また、それと同時に、三蔵法師が唐の都長安に持ち帰った経典の中にあった、宿曜経というお経がございますが、それはそのまま宿曜術という占いになっていることから分かるように、占いとは、個々の悩みを明らかにし、わかりやすく説明出来るいわば救済の術でもあります。
このように、占いとは、使い方によっては、確かに人生を豊かにさせるすばらしい力を持っています。それは私自身が、このような人間になれたことが何よりの証明であるかと存じます。

しかしながら、人の人生というものは、非常に深遠なものでございます。今、目の前の問題が、占いによって解決したからと言って、それがその人の人生にとって、どれほどの意味をなすのかと思った時、私には数々の疑問が残ります。
ちょうど、仏教の開祖でいらっしゃるお釈迦様が、方便を使って人の心を自ら悟らせるよう、お話しくださったように、またイエス様が奇跡を起こして、神なる存在の一端を表し、人々の心を教化していったように、占いもまた、個々の人たちに悟りのきっかけを与える、実のところ方便でしかないと、私は初めから思っております。
「万事塞翁が馬」という故事にもございますように、人間、一時の幸福感が永続的・絶対的な幸福ではないということからも、冷静によくお考えいただければ、お分かりになるはずだと私は思っています。

しかしながら、人が生きるということに関しましては、一時の幸福感よりもっと大切な「天命」というものがございます。
人は苦しむと、すぐに何かにすがろうと致しますが、その苦しみこそが、人としての成長、深みをもたらす、悟りのきっかけであります。苦しみを乗り越えてこその人生。神道では、これを「御魂の修行」と申します。

ところが、最低の最低に落ちている人というのは、這い上がっていくきっかけをなかなかつかむことが出来ません。私たちの世代(私は、現在41歳です)が子供の頃には、道を歩いていても、TVでアニメを見ていても、気づきのきっかけとなる言葉やお手本が、無尽蔵にあふれていました。戦争の体験ばかり語る大人たちに、しつこいなぁと思っていた私達も、今回の震災を目の前にして、先代がいかに人として生きる上で、大切なことを教えてくれていたのか、ようやく実感として気づき始めました。

私が占いを始めたのは、そんな「気づき」の場を作ることでありました。

占いをしながら私が10年も前に気がついたことは、人を救うことは、当人を「自立させる」ということに他なりませんでした。
自立するということは、その人が、自分自身の力で、自分自身の個性を活かして生きていくということです。

何をやってもダメだった私が、占いという職業についてようやく世間様から認められたのと同様に、誰にだって得意なこと不得意なことがあります。丸き者には、丸いように、四角き者には四角きように、その方に合った、その方の修行方法、働きの方法というものが、必ずあることを私は理解します。

占いを受けていただくのに、いちばん大切なことは、「私自身を知る」ということです。

人は、占いをやらずに、一生過ごすことは出来ますが、自分自身を知らずに生きていくことは、出来ません。いえ、やってはいけないことであります(それを罪と申します)。

ところが、とても多くの方々のお話しを聞いていて思ったのが、意外とそれを分かっていらっしゃらない方が多かったことです。

願いや、想いというものだけは、皆さんそれぞれ確かにお持ちです。

お客様でいらしたある男性は、突拍子もない夢を描いて、自らダメになって行かれる姿を現しました。そんな方も、たまにいらっしゃいます。こういった方が、なぜダメになるかと申し上げると、分不相応なのです。立場を得なくては、どんなに夢を見たところで、ただ苦しむだけです。
自由であることと、何でも出来ることは、まったく違います。人はなんにでもなれる大いなる可能性は、ありますが、それはあくまでも、魂の生まれ変わり死に変わりを繰り返して得られることであり、今世において出来ること出来ないことは、大いにありますし、また、人としてやってはいけないことも多々ございます。

日本人の持つ美徳は「勤勉」で「努力家」であることでした

世の中は、いつから、「楽をして」「運だけ良くなりたい」人間が横行するようになってしまったのでしょうか?そんな道はどこを探したって、あるわけがありません。
そんなことを皆さん分かっているはずなのに、わざわざそれを占いに求めていらっしゃる。
私が占い師であるということは、正しい人の道に戻すための方便を語るためであったはずなのに、ただ楽をして、何事も一人では出来ない、何かあったら「助けてくれ」というだけのお客様が、最近、本当に増えていらっしゃいました。

確かに私は、その鑑定力には内外から良き批評の言葉をいただきました。
しかし、それは真の私の目的ではなく(喜びでもなく)、ただただ、皆さんの人生に誇りを持たせることが、私の役目であったはずなのですが、世間の「サービス」なるものに、散々甘やかされて育ち、誇りの抜け落ちた、ただの我がままのために苦しんでいる方が、非常に多いことに気がつきました。そんな方は、こちらの意見など聞きませんし、天の法則よりはずれているわけですから、運が良いわけがございません。

そんな方たちが、占いに求めるものというのは、ただただ「楽をしたい」というのが、本音であるということを、私としては本当に辛い気持ちで理解致しました。

もちろん、そんな方ばかりではない。占いをうまく活用していらっしゃる方もおられます。
こちらが、本当に心洗われるような、すばらしい生き方をしている方もいらっしゃいます。
そんな方は、職業、性別、年齢、役職、一切関係なく、その人の誠の精神=(人としての本来の生き)であるということを、私自身、大いに学ばせていただきました。
そう、私はこの姿勢を崩さない方達こそ、今後の日本の礎(いしずえ)を作っていくことになる大切な方たちだと想っております。

私が、この占い鑑定ルームをOPENして早5年が経ちました。私を鏡として、自らを知り、本当にりっぱになっていった方が何人もいらっしゃいます。鏡とは、誤解しないでいただきたいのですが、私が私情を持たずに、その方本来の姿をありのままを、私自身に投影して映し、お客様自らが悟っていかれたことを表しています。人は、人の話はなかなか聴く耳を持ちませんが、自分自身に言われれば、これは聞かざるを得ません。

占いは、(ここではっきりと申し上げておきますが)未来を知る方法ではありません。

己を知り、そしてありのままの己を認めることによって、より自然に生き、そして未来を自分自身の手で創っていくこと(これを創運と申します)、そのための努力を惜しまないこと、覚悟すること、そして礼節をもって参考にすること。これが占いを受ける意義。占いが存在することのレーゾンデートル(存在意義)です。

私は、以上の見解から、個人鑑定を7/7を以って終了させていただきますが、占いという救済の学問を、今まで以上に学び続け、より多くの人たちが真の幸福を得ることが出来るよう、修練していくつもりでおります。
それは、自己のみならず、社会を、そしてこの日本の国を蘇らせてくれる人、自らを犠牲にしつつ、いつも人の幸せばかりを考えている人にこそ、大いなる指針を与えていきたいと思います。

さて、私が学んで来たことは、占いだけではありません。
わが国に、古来より伝わる、神道・仏教・儒教・道教・易・それぞれの教え、学問も、これからさらに研鑽を続け、よく生くること、よく死ぬことを、師として教授して参りたいと想います。
つきましては、今後、講演会、執筆活動、そして、真に自らを高め、あらゆる困難を、自己の責任において乗り越えていく同志を募ります。
今まで、占い鑑定ルームとして使っていた場所は、そのまま私塾「紫微垣(しびえん)」として存続致します。私は、今後、玄学師・気学師として、後進の指導をして参ります。
塾生は、わが国の先人達が生きる心の糧にしてきた、古来よりの学問を学び、目前に迫る難問解決を好しとし、自らの手で行える自立心を鍛え育てて参ります。

塾生は、すでに、私と縁のあった方の中から、誠意のある方を対象とさせていただきたいと想います。どうぞご好意のある方は、私にお申し付けください。
さらにまた、今後において、新しい縁もつながっていくことと想いますが、これより先は、個人的な悩み相談等、一切お受け出来ませんので、あしからずご了承くださいませ。
どうしてもという方は、私の今後出版致します書籍や、講演会にご参加ください。また、今、ご覧いただいているホームページをリニューアルし、玄学師「寺千代」としての活動をお伝えしていきたいと思います。
末筆ながら、今までご縁のあった本当に多くの占いのお客様に、これまで支えていただいた御礼を申し上げるとともに、皆様の今後の人生のご多幸とご発展を心より申し上げます。

たった一度きりの人生です。どうぞ、ひと時ひと時を自らに厳しく、大切に過ごされて、軽薄な誘惑にお心煩わされることなく、人生の本流、人としての幸せのあり方を貫いていってくださいませ。

                                          2011.7.6     寺千代拝

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