
![]()
![]()
![]()
![]()
子供の情景より『トロイメライ』op.15-7
![]()
【大吉の小吉】
![]()
どんな困難な目に遭っていても、自分を見つめなおし、
自己再発見することで、何者にも負けない生涯の宝を得、
道が開け、現実のチャンスと成功と愛が得られる。
☆ただし、『夢』のなかにとらわれれば、転じて大凶。
(ふだんは、秘密の宝箱のなかにしまっておくことをおすすめします)
![]()

![]()
子供の情景について
シューマンは、『子供の情景』の作曲の経緯について、
後に友人にこんな手紙を書いています。
「これは、こどものために書いた曲ではなく、
大人になった人たちの回想であり、
大人のために書かれた作品です」
トロイメライも、ゆったりとして、平易に聴こえる曲ですが、
この曲を弾きこなすことは、
ある意味、決して簡単なことではないのではないでしょうか。

トロイメライ
![]()
![]()
では、『トロイメライ』占ってみましょう。
まず、シューマンの生年月日と名前で、シューマンがどんな人だったのか?を
見てみることにしましょう。



シューマンは、1810年6月8日生まれ。九星:「一白水星」 干支:「庚午」
ロベルト・アレクサンダー・シューマン(Robert Alexander Schumann)
ドイツ、ザクセン地方の小さな町ツヴィカウに、4男1女の末っ子として生まれました。
父親は、牧師の息子でした。
若い頃は小説家を志しますが、その後書籍出版業を営み財産家となりました。
母親は医師の娘であり、文学にも理解があり、
詩やピアノなどが好きで、何よりもその美しい声で歌を歌うことが好きな人でした。
シューマンが小学校に入る頃、
両親はピアノの鍵盤に目を輝かせながら指を探るシューマンの姿を見、
その音楽的才能をいち早く見抜きました。
シューマンは1817年(7歳)聖母大聖堂のオルガン奏者クンチュのもとへ通い始めます。
1822年(12歳)にはオラトリオ「詩篇第一五〇篇」という作品を書いています。
1928年(18歳)、ライプツィヒ大学に入学しますが、
なぜか両親の願いは音楽外の道を彼に望み、彼は迷いのすえ、法学を専攻しました。
1929年(19歳)、ハイデルベルグ大学に移りますが、
その間も、勉強は手につかず音楽家としての想いは膨らみます。
1930年(20歳)、ライプツィヒのピアニストヴィークに弟子入りし、音楽活動がスタートしました。
![]()
![]()
シューマンの、九星「一白水星」という星は、
苦労の星で、一生を通じて、忍耐と努力を伴いながら成長していくところがあります。
かと言って決して暗い性格ではなく、人の気持ちを誰よりも理解し、
優しく、思いやりがあって、社交的な部分があります。
ただし、その本質は包み隠されてしまい、理解できないところがあります。
彼の生まれた月の九星は、「四緑木星」という星であり、
誠実で、人を大切にし、自立心にすぐれ、迷いやすく、また頑固なところもある星です。
![]()
シューマンの運勢は、いたって地味な星めぐりとなっています。
また、元来、くよくよ型と申しましょうか、悩みのなかに入り込むと、
なかなか抜け出せないところがあります。
それでいながらにして、まじめにコツコツと、努力を重ねていきます。
![]()
![]()
シューマンの名前をみると、はっきり申し上げて大凶です。
本人の努力不足とは、まったく関係なく、運命に翻弄され、
板ばさみとなって苦しみます。
しかし、ここからが理解しがたいところです。
運勢は大凶でも、その性格は超プラス思考なのです。
完全な二重人格です。ありえませんし、信じられません。
結果、彼は現実が困難にあればあるほど、
彼のなかにある、夢の世界に没頭し、
周囲から見れば、どうして彼はこんなにつらいめに遭うのだろうと思っていても、
割合、その自分の置かれた境遇を客観視してしまい、
全く別の想像の世界に飛び込んでいける特別な能力を、
彼は持っているのです。
![]()
「トロイメライ」の作曲されたのは1838年、シューマンが28歳の年です。
ここにも、『迷い』の意と『完成』の意とが、入れ混じっており、
吉凶混合となり、釈然といたしません。
(ちなみに「トロイメライ(曲名)」大凶。「クララ」最大吉です)
シューマンの私生活においては、この前年、
9つ年下で、ヴィーク(師)の娘クララとの婚約という事柄がありました。
クララはピアノの天才でした。
そんな娘と、その頃まだまだ無名であり、
しかも自分の弟子であったシューマンとの結婚には大反対し、
ヴィークは、執拗に徹底的に妨害しておりました。
実際、ふたりが裁判によって勝ち取った結婚は、1840年でした。
実に4年に渡る長いあいだ、
シューマンは、クララに会うことも、手紙を出すことも許されない状況のなかで、
壮絶な孤独と戦い続けました。
![]()
![]()
1839年。この曲は、一流のピアニストであったクララの手によって、
はじめて公開されました。
コンサートのアンコール。突然に表れたこの美しいメロディに聴衆は心奪われました。
水を打ったような静けさのなか、皆の心のなかへなかへとどこまでも響いていきました。
(精神的な愛によって、ふたりが結ばれた年です)
この曲を贈られたクララは、シューマンに手紙でこのように書いています。
『この曲集は平和に満ち、柔和で幸福であり、あなたの将来のようです』
![]()
![]()
この曲を開運!〜のページに取り入れるために、私は、
様々なサイトをめぐり、心に響くトロイメライの音源を探し続けました。
しかし、ひとつとしてこの曲にふさわしく、納得の出来るものがありませんでした。
私は、TOPページで曲を提供してくださった、
ピアニストの宮川久美さんに相談させていただきました。
そういうことならばと、彼女はこころよく演奏を提供してくれました。
本当に感謝しております。
それは私が記憶していた、どこまでもせつなく美しかったトロイメライ
そのままのピアノの音だったことに、驚きを隠せません。
![]()
トロイメライは、きっと誰もが弾きこなせる曲ではないのです。
どんな境遇にあったとしても、決して夢を忘れない、
あの時の自分との約束を、忘れない。決して馬鹿にしない。
そして、愛と勇気と正義を貫いたものだけが感応することの出来る、そんな曲なのです。
![]()
また、YOUTUBEからの映像は、ホロヴィッツによる、
ホワイトハウスでの演奏です。
まるで、魂の奥底に落とし忘れてきた、大切な何かを、
このピアノは拾い上げてくれるような気がして、
彼の演奏は、静かななかにもなにか強い意志の力を感じます。
(宮川久美さんは、ホロヴィッツさんの孫弟子さんなのですって!)
![]()
人は、運の良い時だけが、その人のすばらしい人生ではありません。
逆境に至ったときこそ、『その時、どう生きるか?』
これが、シューマンを占って得た、もっとも強く出てきた、彼からのメッセージです。
![]()
この曲を聴くと、こんなことが起こります。
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()

and more・・・
(☆をクリック!行って、戻ってきてください。一度音を消してからお聞きください)
![]()
トロイメライ

そして・・・
シューマンとクララの結婚には、障害がつきまといました。
しかし、その障害から、シューマンは逃げることをせず、また、
幾多の困難をのりこえ、ふたりは見事、結ばれることとなりました。
実は、シューマンの父アウグスト、がシューマンの母ヨハンナと結婚するときにも、
似たような境遇があったことを、ここでお話しておきたいと思います。
ヨハンナに恋をしたアウグストは、前述したように、小説家を志望し、
書店の仕事そっちのけで読書に耽っていたそうですが、
ヨハンナの父が結婚の条件として高収入を希望したため、
一年に八冊の本を書き、その収入で小さな薬局を開いた経緯がありました。
シューマン家、二代に渡る、不思議な一致です。